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事故

【閲覧注意】中田達也選手ボートレース落水事故 宮島ボート血の海 並走中接触で後続ボートに、、

中田達也

11月6日(日)の午後、広島県廿日市市で開かれていた「宮島ボートレース場」でのレースで、中田達也 選手(29)が事故死しました。

人気の若手レーサーとして急上昇中だった人物の死亡事故に多くの人が衝撃を受けています。。

当時、現場では何が起こっていたのか?

ボートレース宮島、中田達也選手が死亡事故

事故がおきたのは、2022年11月6日(日)の午後2時半ごろ、現場となったのは広島県廿日市市の宮島ボートレース場でのレース中におきた事故でした。

この日開催された第10レース(600mのコースを3周するレース)の3周目で事故が起きており、中田達也選手が乗るモーターボートと並走したボートが接触、中田選手ははずみで落水してその直後に後続のボートに衝突しました。

中田選手は事故後すぐにレスキュー艇によって救助され、心臓マッサージなどの処置が行われ、JA広島総合病院に搬送されて集中治療室で治療を行っていましたが、意識が戻ることなく死亡しました。

大勢の観衆がいる中での惨事、、この事故はなぜ起きてしまったのか。。

参照:レース中に並走ボートと接触、落水した選手が後続ボートに衝突…搬送先で死亡

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閲覧注意、事故当時の映像や現場の様子が映像や画像で

事故がおきた際の映像や直後の画像など、多くの人が目撃していました。

中田達也選手事故死、ボートレース宮島の現場どこ

ボートレース宮島は広島県の海岸沿いにあり、廿日市市の「宮島ボートレース場駅」からすぐそばにあります。

ボートレース宮島:広島県廿日市市宮島口1丁目15−60

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死亡した中田達也 選手の情報について

中田選手は福岡出身で2013年11月にデビュー、通算優勝7回でA2級のランクとなっており数々の活躍をしていた、若手の注目レーサーでした。

113期の卒業記念チャンプ&勝率1位
2021年3月の浜名湖67周年でG1初優出(2度の優出でともに3着)
2021年9月の徳山ヤングダービーでも6強入り
最後の優勝は2022年6月29日の江戸川で、最後の1着は2022年10月28日の若松9R

レース中の選手事故死は2022年1月12日、多摩川の小林晋選手以来33人目となっています。

名前:中田 達也
年齢:29歳
性別:男性
職業:レーサー(モーターボート)
死因:不明(ボートにひかれた際の傷が原因か)

中田達也の早すぎる死にネットでも悲しみの声

取り合えず、ボートレース協会は規約を変更して、少なくともプロペラは剝き出しにならないようにウォータージェット式にするとか、スクリューガードを付けるとかするべきだな。効率は落ちるだろうが、レースの条件として平等であれば良いのだ。海外のモータースポーツのように、事故があったら、それに即反応して新しいレギュレーションを作るべき。これがまたレース界に新風を吹き込み、レースを面白くさせる。

プロペラ周りには囲いを取り付ける時が来た、余りにも事故の負傷者や死亡者が多過ぎる、今時それを放置するなんてあり得ない。普通に安全管理で裁判起こされたら確実に改善命令が出るの必須。普通に選手達の安全を守れない組織は衰退して行く、何でもかんでも今迄通りと言うのは通用しない世の中になって来ている。そんな事ぐらい気づいて改善すべき、他者から言われる前に行動すれば良い。事業を守る為にポジティブな改革は絶対に必要。安全策は協会が率先して行うべきだ。

1952年から70年のボートレースの歴史の中で33人が競技中の事故で亡くなってる。死亡者が出ていない事故まで含めたらかなりの数でしょう。2年に1人の割合で亡くなってる事を重く受け止めて、何か対策考えないと。面白くなくなるから規制するなとかの意見もあるとは思いますが、人の命の方がやっぱ尊重されて欲しいです。

落水して後続艇に轢かれて死亡するパターンが多いいからF1みたい身体むき出しじゃなくてかなりの部分をガードするくらい構造にすればいいのに。今みたいに毎年新造するのではなくある程度の年数使えばコスト的にも良いかと思う。必然的にモンキーターンは姿を消すかもしれないけど何より選手の安全をもっと確保しないといけないと思う。

悲しい事故、、当時の映像など見ると衝撃的なのはわかるが、恫喝や脅迫している人がいたりと何かしら炎上しているのは辛い。そうした意見の人物はくさいものにはフタ的な意見なのだろうか。それよりも黙って個人を偲ぶことのほうが重要だと思うし、同じ事故がおきないようにどうすればよいのか?それを働きかけるほうに力を入れるべきではないかと思う。

どのレーサーが殉職しても辛い、がよりにもよって中田達也がとは。デビュー前から大器、エリートと期待されこれから福岡支部を引っ張る存在になるのは間違いないと。羽野や仲谷から若干遅れをとっていたがそれでもG1は複数獲得するのは間違いないはずだった。本当に残念。ご冥福をお祈りします。