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埼玉県南部地区公立小学校、男子児童の首絞め職員名前は誰で学校はどこ?「鼻の骨折るぞ」障害者雇用枠の非常勤

埼玉県南部地区公立小学校

学校が治外法権化していることが問題視されることは多く、その中で起きた事件がもみ消しされることも多いですが、埼玉県の南部地区の公立小学校で、男子児童が職員に首を絞められるといった事件がおきていました。

何故そのような状況になったのか?

埼玉県南部地区の公立小学校で職員が児童の首絞める

この事件がおきていたのは2022年11月2日(水)の日中で、現場となったのは埼玉県南部地区にある公立小学校でした。

当時、学校の図書室で男子児童がゲームをしていたと勘違いした職員の男(33)が、男子児童の首を絞めるなどして負傷させる事件が発生。

この事件を受けて、埼玉県の教育委員会は事件から2ヶ月以上も経過した2023年1月12日(木)になってようやく該当の職員に懲戒処分を下しましたが、男性職員は同日付で依願退職していて実際の処分やうやむやになっており、この事件で逮捕されたなどの情報は出ていません。

参照:「鼻の骨を折るぞ…いいか」小学校職員が勘違い、児童の首絞める

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男子児童の首絞め職員の犯行動機は何?

事件で男性職員は当時、図書委員会の活動中に図書室でノートパソコンを使ってゲームをしていた児童に口頭で注意していました。

しかし、その後に児童がゲームを再開したと勘違いして廊下に連れ出し「鼻の骨を折るぞ、いいか」などと言いながら左腕で児童の首を抱え込むように絞め、これによって児童は首に内出血を生じる怪我を負いました。

この男性職員は障害者雇用枠の会計年度任用職員として非常勤で勤務をしており、その仕事は図書の整理が主な仕事で児童の指導は業務外でしたが、なぜ犯行に及んだのかなどは秘匿されています。

 
関係ない職員が悪い事であれば注意をすること自体はまだ問題ないですが、その後に暴行を加えていることは大問題で、なぜ業務に関係もないのにそこまでの行動に出たのか謎となっています。

傷害事件?埼玉県南部地区公立小学校とはどこ?

この事件がおきた小学校について、埼玉県南部地区公立小学校とされていますが、詳しい情報などは秘匿されていて明らかになっていません。

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傷害事件も罰則なし?障害者雇用枠の非常勤職員の名前

今回の事件を起こした人物について、現時点で名前など詳しい情報が明かされていません。

障害者雇用枠の非常勤職員だったということで配慮がされたと考えられますが、加害者側が十全な保護を受けて被害者側が泣き寝入りになるパターンは多々あり、また学校内部でおきた事件の場合は、うやむやになってもみ消されることも多く、今回もその一例と考えられます。

名前:不明
年齢:33歳
性別:男
職業:非常勤職員
職場:不明(埼玉県南部地区公立小学校)
住所:不明
罪状:なし?

※職場などは元

小学校でおきた職員による傷害事件にネットの声は

学校はなぜ、こういうやつを直ぐに警察を呼んで渡さない。いつもそうだが学校には日本の法律を守る姿勢が感じられない。犯罪を隠蔽し、加担しているじゃないか。校長、教頭、教員は日本の法律の中にいて、社会に出たらそれを守る人間を育てる立場にあることを理解せよ。生徒同士のいじめも傷害事件として警察に協力してもらえばよい。隠蔽して被害者を自殺に追い込むこともなくなる。そして加害は法的に自分を追い込むことになると生徒に教育して社会に送り出せ。教員はまず、日本の法律を守ることを徹底せよ。

生徒同士、或いは生徒教師間でのトラブルをいつまで校内と云う閉鎖的な密室で処理する体質が続くのだろうか。問答無用で全て警察沙汰にしてしまえばいい。体裁を保つとか面目を気にしているような時代ではない。イジメや虐待や体罰など、表社会に出れば立派な犯罪行為。犯罪を犯した人間は制裁を受けると云う、社会に出る時に絶対に必要な教訓が得られる絶好の機会ではないか。

子どもと関わることが必然の職場において、障害者雇用枠は無理があるのではないでしょうか。程度にもよると思いますが、人との関わりが未成熟である児童と関わらせれば、このような事態を招くことは容易に想像できると思います。雇用枠をなくせ、という批判ではありません。使い所を考えるべきです。

ビックリしました!こんな事が起こると、学校へ安心して子供を預ける事が、不安で心配になります。子供の首に内出血する程の圧迫?!どれ程の力で絞められて、苦しくて怖かったか…命を落としていたかも知れません、これはどう考えても、実名を出しての事件として取り扱うべきだと思います。何故いつも学校教諭関連の事件は、実名が証されないのか…被害の子供達が特定されない為とはいえ、罪は罪です。

この事件が障害があったゆえに起きたのかは不明だけど、こうした事態で非難の声があがるとよく「差別」だと主張する人物が沸くことが多いが、その人物は「差別」と「区別」の違いがわからないようだ。これは例えば医師の資格を持っている人が手術するのと、勝手に一般人が手術をするとしたもので、資格といった「区別」によって安心やその技術を証明しているが、「差別」だと主張する人物は医師の資格がないと手術してはだめなのはおかしい知識のない一般人にも自由に手術させろ、と言っているようなもの。

先生は勘違いを認めて謝ったのだろうか?小学生の時、写生大会の最中に上級生の先輩たちがふざけてゴミを散らかしてしまった。それを片付けていた私と友達も一緒に先輩たちと遊んでいたと勘違いした先生にビンタされた。そのとき、先輩たちが、私たちは遊んでいなかったと証言してくれました。そうすると先生は私と友達にすぐく謝ってくれました。後に聞きましたが、親にも電話があったそうです。怖い先生でしたが、自分の間違いを認める大人に出会えたことは自分の間違いを認めること、自分の正当性を伝えていくことを教えてくれました。問題が起きたら辞めたら良いとは思いません。大切なのはその後だと思う。怒られることに慣れない子どもや謝ることに慣れない大人を増やしてしまったら関係がドンドンぶつ切りになってしまうように思う。